呉服とは? 着物は右前、女性はどっち?本物の着物を識る「夢工芸 染の新井」。

呉服とは? 着物は右前、女性はどっち?「夢工芸 染の新井」。

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呉服とは? 着物は右前、女性はどっち? プロは下前、上前と呼びます。そして由来は自衛手段だった。

呉服とは

 呉服の語源は古代中国「呉」です。しかし呉の服=呉服ではありません。呉服は古語では「くれはとり」と読み、それは「くれはたおり」、すなわち「呉の機織(はたおり)」が変化したものです。大阪府池田市室町にある呉服神社(くれはじんじゃ)の祭神に祀られる「織姫・呉服媛(くれはとりのひめ)」が、呉から日本に渡り機織技術を伝えた言われています。
 呉より伝わった織物技術を指し、「呉服」とは衣服として仕上がった「着物」ではなく「反物(織物)」を意味します。「呉服店」と呼ぶのは、この「反物」を販売していたことに由来します。ちなみに「和服」とは、明治以降の「洋服」の流入に対して生まれ言葉です。

プロは右前と呼ばない

訪問着に交換できる替え袖

 着物は男女問わず右前で合わせます。男女で左右が異なる洋服との大きな違いです。右前の前とは「手前」のこと。つまり、着物を着ている本人の「手前が右」ということです。ただ、プロは「右前・左前」という表現はあまり使いません。右は下前、左を上前と生地の重なり順で呼びます。つまり「右前」は大前提で、あえて「右」「左」とは呼ばないのです。着物の柄が「左側」に重点を置くのも、必ず左側が「上」にくるためです。

 間違っても「左前」はやめてください。左前は死に装束。いわゆる「あの世」は、「この世」と正反対だからといわれています。

着物が右前である理由

 それではどうして「右前」かというと諸説あります。奈良時代に発布された「衣服令(えぶくりょう)」という法令の中に「初令天下百姓右襟」とあり、百姓=一般人は右前で合わせることが定められました。これは当時の先進国、唐国(中国)を模したものとされています。余談ですが、これが発せられたのは西暦719年で、この年に傾国の美女 楊貴妃が生まれています。

 中国の「右前化」は西方蛮族が左前で、彼らと区別するためという説があります。蛮族は弓を得意とし、矢が合わせにひっかからない左前の衣服を身につけていたといわれています。略奪の機動性から蛮族は「騎馬」とみるべきで、騎馬+弓の組み合わせは古代ローマを崩壊させたフン族と重なります。フン族は匈奴の末裔と言われており、姿形は「アジア系」。すると「右前」によるフン族と身内の差別化は、自衛手段として有効だったのかも知れません。諸説のひとつに過ぎませんが。

着物と季節

 四季の豊かな日本で生まれた着物には季節があります。それが「柄」と「色合い」です。例えば「南天」なら新年、「梅」なら春、「紫陽花」は初夏の装いとしてもっとも適しています。また真冬に寒色系は寒々しい印象を与えてしまいます。必ずしも季節と揃えなければならないということではありませんが、着物は自分を輝かせるだけでなく、場を演出する舞台装置でもあります。真冬にひまわりの花を飾れば、違和感を生むようにです。「季節感」を意識すれば「着こなし」のレベルがグッとあがります。特に着物に詳しい方の多いお茶会などでは、周囲の視線を独り占めすることもあります。


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